Cさんの場合片頭痛
薄暗い寝室の目覚まし時計を止め、のろのろとベッドを抜け出すCさん。ダイニングルームのドアを開けると、窓から差し込む朝の光に思わず顔をしかめました。
「おい、どうしてカーテンを閉めるんだ」
コーヒーを飲んでいた父親がCさんをとがめ、立ち上がって再びカーテンを開けようとしますが、
「やめて!」とCさん。「あんまり明るいと頭痛がひどくなるの」
「また頭痛か?」
Cさんは眉間を険しくしたままうなずき返し、マグカップに牛乳を注いで一口だけ飲みますが、
「やっぱり無理……ねえお母さん、学校休んでいい?」
しかし母親は「ダメよ」ときっぱり。「受験が近いのに、のんびりしてる余裕なんてないでしょ」
Cさんはヤレヤレといった表情を浮かべ、朝食には手をつけず部屋を出て行ってしまうのでした。父親は娘の後ろ姿を見送りながらつぶやきます。
「大丈夫かな。学校を休みたがることが最近多いけど」
母親はマグカップに残った牛乳をシンクに流して、
「中学3年生なんだから、いろいろ大変なこともあるでしょ。だけど、もう子供じゃないんだし、甘やかさないようにしないとね」
ズキンズキンと頭が痛むのをこらえて授業を受けていたCさんでしたが、2時間目が我慢の限界でした。
「すみません、保健室に行ってきます……」
いつになく長く感じる渡り廊下を歩き、ようやく保健室にたどり着いたCさん。頭痛でつらいことを養護教諭に説明すると、体温計を手渡され、熱を測るように言われます。
「……36度5分です」
「良かった、熱はないのね」と養護教諭。「しばらくここで休んでいってもいいけど、どうする?」
Cさんはハイと返事をし、窓際を避けてできるだけ日陰に位置するベッドで横になりました。眠れば少しラクになるかもしれないと考えるのですが、痛みのせいでなかなか寝つけません。ようやくウトウトしかけたそのとき、
「ごめんね」とそれをさえぎる声が。「申し訳ないけど、保健室で休めるのは1時間までなの」
あともう少しだけとお願いするCさんでしたが、養護教諭は首を振ります。
「そういう決まりなのよ。でも授業に戻れないほどつらいなら、今日は早退する? 親御さんには私から電話を入れましょうか?」
Cさんはあきらめてベッドから下り、その申し出を断りました。
「いいです。親は分かってくれないので」
つらい頭痛に、親の無理解。
保健室も追い出されてしまったCさんですが……
その翌週、再び保健室に現れたCさん。
「すみません、また休ませてもらっていいですか?」
おや、と思いながらも養護教諭はCさんを招き入れ、少し話を聞いてみることにしました。
「今日はどうしたの?」
「また頭痛がひどくて……」
「結局あの後、お父さんとお母さんには何も話してないの?」
「よく頭痛が起こることはずっと前から話してます。でも、学校を休みたいから、勉強をサボりたいから言ってるって考えてるみたいで」
そのとき、校庭のほうから何かの工事の音が聞こえてきました。甲高い金属音に苦しそうな表情を浮かべるCさん。その様子を見て、養護教諭はたずねます。
「ああいう音を聞くと頭痛がひどくなるの?」
「はい……」
「先週ここに来たとき、窓から入る光をすごく嫌そうにしていたけど、もしかして光もダメ?」
無言でうなずくCさん。養護教諭は、ひょっとしたらと思い、
「片頭痛って知ってる? あなたに当てはまる症状が多いんだけど、お医者さんに診てもらったことはあるかしら?」
首を振るCさんに、養護教諭は静かにうなずいて、「やっぱり親御さんに電話してみるわね。片頭痛かどうかわからないけど、他の病気の可能性もあるし、一度病院を受診してみたほうがいいと思うわ」
「本当につらかったのね……」
病院からの帰り道、母親はCさんに謝ります。養護教諭から電話で説明を受けたものの、最初は半信半疑だった母親。病院を受診してみた結果は、やはり「片頭痛」との診断でした。
だから言ったのに、という感じでCさんは口をとがらせ、母親を無視して足早に歩いていきます。
「ちょっと待ってよ、おわびにフルーツサンド買ってあげるから」
その言葉に立ち止まるCさんでしたが、振り向いたその表情は、依然険しいままでした。
「お母さん、そういうご機嫌取りはやめて。子供じゃないんだから」
ハッとする母親。
「そうだよね。ごめんね」
Cさんはすぐに笑顔を浮かべて、
「でも、今日お医者さんに診てもらって、自分の頭痛のことがわかったのは良かった。なんか安心できた。実はさ、すごい不安だったんだよね」
母親はCさんの横に並び、細い背中をぽんと叩いて微笑みます。二人はいっしょに長い坂道をゆっくり歩いていくのでした。
解説
脳神経内科部長・頭痛センター長
今井 昇先生
ズキンズキンと脈打つような痛みがあり、動くとつらいといった自覚症状を持つ片頭痛ですが、周りの方々にも分かりやすいサインとしては「光と音への過敏」があります。頭痛が起こっているときに、光や音に対して苦しそうな様子が見られる場合は、片頭痛の可能性があるかもしれません。
「頭痛くらいで」と問題を軽視せず、早めに病院を受診して医師にご相談ください。