Bさんの場合片頭痛
「さすがだな、よく調べてある。この企画書なら商談もうまくいきそうだ」
外回りから帰ってきたBさんに、そう上司が声を掛けます。
「ありがとうございます!」
毎日遅くまで残業した甲斐があったと内心喜ぶBさんでしたが、
「それでだな、きみに期待して、もうひとつ頼みたい仕事があるんだ」
と上司は新たな資料の束をデスクに置き、簡単に説明を済ませて去っていきました。ため息をつくBさん。隣の席の後輩がおそるおそる声を掛けます。
「下調べ、手伝いましょうか? けっこう残業が続いてるみたいですけど……目の下のクマが寝不足だって語ってますよ」
しかしBさんは笑顔で首を振り、
「自分一人で調べたほうが効率いいから。きみも体調が良くないみたいだし、大丈夫だよ。ありがとう」
「自分が納得できるまでトコトン突き詰めるタイプですもんね、先輩は。じゃすみません、今日は金曜日なので友だちと飲みに行きますね」
「あれ? 頭が痛いって言ってなかった?」
「いつのまにか治りました。お先に失礼します!」
Bさんは気持ちを切り替えて、資料の束に再び目をやり、ひとつひとつ熱心に読み込んでいきます。ハッと気がつくと、薄暗くなったオフィスにはいつのまにかBさん一人が残されているのでした。
家の玄関を開けると、Bさんは倒れるようにベッドに転がり込みます。
「うーん、仕事にやりがいは感じるけど、さすがに疲れとストレスが半端ないな……」
のろのろ起き上がって上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら冷蔵庫の前に立つBさん。缶ビールを手に取ると一気に飲み干し、続けざまに3本を空けてしまいます。
「ダメだ、シャワーを浴びる気力も残ってない……明日は休みだし、このまま寝てしまおう」
再びベッドに体を沈め、すぐに寝息を立て始めました。
翌日。昼前に起きて洗面所で歯を磨いていたBさんでしたが、突然、不思議な現象に襲われます。
「!?」
目の前に、ギザギザした稲妻のような光が現れたのです。
「わっ、目が変だぞ……なんだこれ……?」
ギザギザの光は次第に大きく拡がって、やがて消えると視界が暗くなり、続いて猛烈な頭痛が襲いかかります。その場にしゃがみ込むBさん。痛みと不安がずっしりと重く、動くことができませんでした。
突然襲った目の不調と頭痛。
Bさんが取った行動は……
目の不調を特に心配したBさんは、週明けすぐ、眼科を受診することにしました。一体どんな病気かと身構えたものの、診断の結果は“異常なし”。狐につままれたような気持ちで会社に戻ったBさんでしたが、今は症状が治まっていることもあり、まあ考えてもしょうがないかと再び仕事に精を出すのでした。
しかし次の週末、またしても同じ症状に襲われてしまいます。目の前に現れるギザギザした稲妻のような光、そして強い頭痛。仕方なく家で安静に過ごし、その甲斐あってか週明けに再び症状は治まるのですが、週末になるとまた再発。こんなことを3ヵ月ほど繰り返していました。
その週末はいつもより症状がましだったこともあって、「よし今日こそはトコトン調べてやろう」とBさんはスマートフォンを手にします。自分の症状に関連する思いつく限りのキーワードを入力し、さまざまなWebサイトを調べてたどりついた結果は、
「片頭痛……かもしれない?」
Webサイトの病院検索機能を利用して、Bさんがあらためて受診したのは脳神経内科。医師の診断はやはり「片頭痛」でした。片頭痛は女性の病気だと思い込んでいたBさんでしたが、医師の説明によれば、男性でもかかる病気とのこと。また、目の不調だと考えていた“ギザギザした稲妻のような光”は、片頭痛の「前兆」で、「閃輝暗点(せんきあんてん)」と呼ばれる現象でした。
しばらく経ったある日。Bさんは定時になると仕事を切り上げ、隣の席の後輩に「お先に!」と声を掛けます。
「あれ? 今日は早いですね」
「ああ」と笑顔で応えるBさん。「寝不足やストレスを感じるくらい仕事が忙しすぎると、その反動で週末に片頭痛が起こることもあるんだってさ。だから今後は気をつけようと思って」
「先輩、片頭痛なんですか?」
Bさんは振り返り、「きみも気をつけなよ。もしも片頭痛だったら、頭痛が起きるきっかけのひとつに、アルコールもあるらしいから」
その日も飲みに行く予定だった後輩はギクリとして、手を振るBさんの後ろ姿を見送りました。
解説
脳神経内科部長・頭痛センター長
今井 昇先生
また片頭痛の場合、頭痛が起こる要因として、睡眠不足や睡眠過多、アルコールなどがあり、ストレスもそのひとつです。ストレスがあるときだけでなく、ストレスから解放されたときにも頭痛が起こりやすいと報告されています。
これらが当てはまる場合、片頭痛の可能性がありますので、病院を受診して医師にご相談ください。