Eさんの場合片頭痛&緊張型頭痛
保育士のEさんは、部屋で遊んでいる子供たちに注意を向けながら、壁に貼られたスケジュール表で1日の予定を確認していました。そこへ、
「E先生、体調はもう大丈夫なんですか?」
「あ、園長先生!」Eさんは申し訳なさそうに頭を下げます。「すみませんでした、出勤が遅れてしまって。朝から頭痛がひどかったのですが、少し落ち着きました」
「頭痛、ですか?」
「はい……実は片頭痛持ちなんです」
苦笑いでそう応えるEさんに、園長は心配そうな口ぶりで、
「今日一日休んでもらってもよかったのに」
そんな頭痛くらいで!と恐縮するEさん。「私の母も片頭痛なのですが、それを受け継いでしまったようで、あきらめています。母だって若い頃は我慢して働いていましたし、痛みと上手に付き合っていくしかないと思うので」
そのとき子供たちがケンカを始め、一人の子が泣き出してしまいました。金切り声が響き、険しい表情でこめかみを押さえるEさんでしたが、すぐ笑顔に切り替えて、
「ちょっとー! もうやめなさーい!」
その後の散歩の時間。子供たちが道に飛び出したりしないよう、Eさんは目配せを欠かしません。もしも今クルマが突然飛び出してきたら、もしも工事中のビルから何かが落ちてきたら……そんな想像で緊張は高まり、体をこわばらせるEさん。頭をギューッと締め付けられるような痛みを感じ、眉間を険しくするのでした。
公園に着いて子供たちを遊ばせていたところ、先輩保育士がEさんに声を掛けます。
「大丈夫?まだ少しつらそうよ。どんな感じなの?」
ご心配かけてすみません、と謝りながらEさんは、自分が片頭痛持ちであること、頭全体を締め付けられるような痛みがまだあってスッキリしないこと、しかしなんとか我慢できそうなことを伝えます。すると先輩保育士は、
「あら変ね……私の友だちも片頭痛なんだけど、頭の片側だけが痛かったり、ズキンズキンと脈打つような痛みだって聞いたわ。あと、動くと悪化するから、じっとしているしかないって」
ハッとするEさん。そういえば、以前はそんな痛みだけだったのに、近頃はそうではないタイプの痛みも増えていたのでした。
「もしかして」と先輩保育士。「何か別の病気の可能性もあるんじゃない?」
頭痛に悩まされながらも
我慢を続けるEさんでしたが……
散歩を終えて保育園に戻ったEさんに、園長が話しかけます。
「園児たちの健康診断に関する書類を、顧問医師に届けていただけますか」
分かりました、とEさんは応え、近所にある総合病院に向かいました。小児科に書類を届け終え、院内の廊下を歩いていると、壁に貼られたポスターがふと目に止まります。
『頭痛にはタイプがあります。あなたの頭痛の特徴は?』
その見出しに興味を引かれてポスターに顔を寄せると、さらにこんなことが書かれてありました。
『片頭痛や緊張型頭痛、群発頭痛など、頭痛にはさまざまなタイプがあり、それぞれ特徴があります。まず片頭痛は……』
説明文の続きにはEさんのよく知る症状が。しかし意外だったのは、他の頭痛タイプにも自分に当てはまる症状があることでした。
「私の頭痛は、片頭痛じゃないの……?」
母親と同じように自分も片頭痛だと考えていたEさんでしたが、そういえば病院を受診したことは一度もなく、片頭痛だと正式に診断されたこともなかったのでした。ポスターの最後は、こう結ばれていました。
『頭痛でお悩みの方は、医師にご相談ください』
しばらく経ったある日のこと、休憩室で園長とEさんが話しています。
「つまりE先生は、片頭痛であると同時に、緊張型頭痛でもあったわけですか」
「はい、お医者さんの説明によると、そういう人も少なくないらしいです。私、仕事中はいつも気を張って体が固くなってしまうんですが、その影響で緊張型頭痛が起こっている可能性が高いと言われました。それに加えて、片頭痛もやっぱり起こっていると診断されまして……もう頭痛のエキスパートです」
そう言って自虐的に笑うEさん。しかし園長は静かに首を振って、
「いつも気を張っているのは、E先生が真剣に仕事と向き合っているからですよね。いつもがんばっている証拠だと、私は思いますよ」
不意を突かれてすぐに返事ができないでいるEさんに、園長は続けます。
「しかし、それで頭痛が起こっていたんだとすると、リラックスすることも必要ですね。頭痛と上手に付き合っていくことは、仕事と上手に付き合っていくことかもしれませんね」
はい、とEさんは応え、マグカップのミルクティーを一口飲んで、大きく背伸びするのでした。
解説
脳神経内科部長・頭痛センター長
今井 昇先生
頭痛はそれぞれのタイプごとに、取るべき対策が異なります。まずはどんな頭痛なのか適切な診断が必要なため、気になる症状のある方は、病院を受診して医師にご相談ください。