Gさんの場合薬剤の使用過多による頭痛
「Gさん! 頼んであった原稿の校正、もう終わってる?」
あわただしい部屋の雰囲気を一変させるような、存在感のある声が響きます。
「すみません編集長、午前中には終わらせます!」
サッと立ち上がってそう応えるGさんに、
「11時までにお願い。取材で出ちゃうから」と編集長。
わかりました!と返事をするGさんでしたが、昨日から続いている頭痛に苦しそうな表情を浮かべます。しかし、そんなこと言ってる場合じゃない!とデスクの引き出しから鎮痛薬を取り出して飲み、気合いを入れ直して原稿に向かうのでした。
「お待たせしました」
Gさんから原稿を受け取り、バッグの中にしまうと編集長は、
「ありがとう。タクシーの中で確認するわ。何かあったら電話する。ごめんね、急がせちゃって」
颯爽と部屋を出て行く後ろ姿を見送りながら、いつか自分もあんなふうになれたらなと、まだ少し痛む頭で考えるGさんでした。
数日後、Gさんが担当しているインタビュー記事の取材の日。取材の最中に頭痛が起こってしまうとマズイと考えたGさんは、あらかじめ鎮痛薬を飲んでおき、急いで現場に向かうのでした。
「おつかれさまです、ありがとうございましたー!」
無事に取材が終わり、Gさんはスタジオに残って外部ライターとの打ち合わせです。原稿の方向性やスケジュール確認などを済ませ、素晴らしい記事になりそうだと確信するGさん。ライターも微笑みながら、
「Gさんが編集担当だとすごくやりやすいですよ。必ず、いい原稿を書きますから」
その言葉にうれしくなるGさんでしたが、また頭痛が始まってしまい、笑顔が陰ります。
「どうしました?」
心配そうに様子を見守るライターに、Gさんは手を振って、
「いえ、大丈夫です。いつものことなので」
そう言って、自分が頭痛持ちであること、朝飲んだ鎮痛薬の効き目が切れてきたことを簡単に説明しました。
「なるほど」とライターは静かにうなずき、「仕事で頭痛に関する記事を書いたこともありますが、“頭痛くらいで”と甘く見ないほうがいいみたいですよ。Gさんの頭痛は、どれくらいの頻度で起きるんですか?」
「週に1回か2回は頭痛がありますが、でも今日のように大事な仕事があるときはあらかじめ鎮痛薬を飲んでおけば乗り切れるので、大したことはないです。……って、今度は私に取材ですか!?」
二人は笑って、スタジオを後にするのでした。
仕事は順調なGさんでしたが
頭痛のせいで鎮痛薬を手放すことができず……
Gさんとライターが手掛けたインタビュー記事は好評を博し、それから二人はたびたび一緒に仕事をするようになります。その日も原稿の確認でライターが編集室を訪れていました。ミーティングルームで話し込んでいるところに、編集長が顔を覗かせます。
「おつかれさま。最新号の記事もすごく良かったわ。もうすっかり名コンビね」
ありがとうございます、と軽く下げた頭をライターが上げたときには、すでに編集長はいませんでした。
「とても忙しい人なので」と申し訳なさそうにGさん。「でも、すごい編集者なんですよ。私の理想です」
「なるほど」とライターは微笑み、「その理想に近づくために、Gさんは鎮痛薬を飲みながら頭痛に耐えて、仕事に邁進しているわけですね」
そう言われて苦笑いするGさんでしたが、そのとき強い頭痛を感じ、思わず表情を曇らせるのでした。
「……もしかして、あれからも頭痛は続いているんですか?」と質問するライター。
「ええ……最近は毎日のように鎮痛薬を飲んでいるんですが、なぜか効かなくなってきて……」と答え、痛みにギュッと目を閉じるGさん。
ライターは真剣な眼差しになって、
「Gさん、すぐに病院を受診したほうがいいです。前にも言いましたよね、 “頭痛くらいで”と甘く見ないほうがいいって。ぼくが最寄りの病院を調べますから」
ライターがメールで送ってくれたリストの中から一番遅くまで開いている病院を選び、早速次の日、Gさんは受診することにしました。そして医師から聞かされたのは、「薬剤の使用過多による頭痛」という診断結果。自分の頭痛にそんな病名が付けられて驚くと同時に、Gさんは不安な気持ちに襲われるのでした。
「もしもし。Gさん、どうでしたか?」
ライターから電話をもらって、少しホッとするGさん。医師から受けた説明を思い出しながら、自分の頭痛について話します。「薬剤の使用過多による頭痛」は“薬物乱用頭痛”とも呼ばれ、鎮痛薬の飲みすぎが原因となって起こること。月に15日以上の痛みがあったり、以前は効いていた鎮痛薬が効かなくなってきたように感じて飲む回数がさらに増えるといった特徴を持つこと。
「なるほど」とライターはいつものように冷静に応え、しかしその後、不意に黙ってしまいます。
「……どうしたんですか? いつもみたいにいろいろ質問して、私に取材しないんですか?」
「すみません……」と、少し湿り気を帯びた声。「命に関わるような病気じゃなかったから、なんだか安心して、気が抜けてしまって」
そのいつもと違う、感情のこもった響きに、Gさんも何も言えなくなってしまいます。沈黙が続き、どこか切なく流れる電話のノイズ。小さく震えるような呼吸音がスウッと聞こえ、
「Gさん、仕事以外でも、ぼくと名コンビになってくれませんか?」
解説
脳神経内科部長・頭痛センター長
今井 昇先生
“薬物乱用頭痛”とも呼ばれるこの「薬剤の使用過多による頭痛」は、痛みを抑える頭痛薬を飲みすぎることにより、脳が痛みに対して敏感になって発生すると考えられています。また、市販薬だけでなく、処方薬で起こることも知られています。その特徴は、もともと頭痛があって現在は月に15日以上ある、頭痛薬を3ヵ月以上前から服用し月に10日以上服用している、以前は効いていた頭痛薬が効かなくなってきたように感じて服用回数が増えているなどです。この頭痛は、原因となる頭痛薬の服用を中止し、もともと持っている頭痛への対処が重要となります。上記の特徴に当てはまる方は、病院を受診して医師にご相談ください。